前の記事で、転職者の中に一定数いる『勘違い野郎』について書きました( 転職の直後に、新しい会社で気をつけるべきこと(その1) )。

このサイトを見ている方については、常識人・良識人であるがゆえに、無理解な上司や経営層の振る舞いに悩んでいる方がほとんどだと思います。ですから、『勘違い野郎』になる可能性は低いと信じていますが、実際に会社勤めをしていると、『勘違い野郎』にしばしば出会うので、一応警鐘を鳴らす意味で記事にしました。

 

いずれにせよ、新しい職場でつつがなく業務をこなしていくには、部下となる職員の協力が不可欠です。このことについて、以下で少し掘り下げて書いてみます。

 

あなたに敵愾心を抱いている職員がいるかも知れない

あなたが管理職として転職した場合、あなたの部下となる職員は、相当な警戒心を持ってあなたを迎えていることは、既に他の記事で書きました

そして、それらの職員の中に、警戒心に加えて「本来は自分がそのポジションに就いたはず」「自分にはそれだけの能力も経験もあるはず」と考えて、あなたを妬ましく思っている人がいる可能性があります。多くは古参のベテラン職員などでしょう。

社長がその人を昇格させずにあなたを採用したのは、実際にはその人の自己評価ほど仕事ができる訳ではないのかも知れませんし、実務能力はあっても管理能力が不足している等の事情があるのかも知れません。

しかし、中には、実務能力も管理能力も十分にあるのに、社長が見落しているか、評価が誤っている場合もあります。

これ、実は結構あります。身近にいる者は、長所より欠点が目につきやすく、そのために実力よりも低い評価を受け、損をするケースは多々あるものです。

逆に言えば、そうした隙間があるからこそ、僕のような転職者にチャンスが巡ってくるともいえます。

 

いずれにせよ、そういう古参の社員があなたを迎える場合には、嫉妬心も混じったかなり複雑な感情を抱いているのは間違いありません。

そして、着任後に毎日の業務をつつがなく回していくには、こういうベテラン社員の協力こそが絶対に必要なのも、また確かなことです。

 

影響力のあるベテラン社員を味方につける

豊臣秀吉は、天下統一の過程で、大阪に赴いた徳川家康と会見する際、その前夜に非公式に家康を訪ね、「明日の会見では自分に対し、慇懃に臣従の礼を取って欲しい」と申し入れて頭を下げたといいます。

“臣従の礼”とは、家臣になったことを示す態度や行動を指します。

家康が大阪に来たということは、既に秀吉の臣下に入ることを決めていることですから、わざわざ頼みに行かなくとも、翌日の会見の場では当然、家康は秀吉に対して臣下の礼を取るでしょう。

それなのに、天下人目前の秀吉の方からわざわざ家康を訪ね、頭を低くして懇願してみせたのはなぜでしょうか。

秀吉は、その会見の場で、概ね次のように述べたといいます。

 

「自分は百姓の出身で、徳川様のような立派な家柄ではありません」

「現在、多くの諸大名を従わせてはいますが、彼らは元来素性の卑しい自分に対して、表面上は従っているものの、決して心服している訳ではありません」

「これは自分の力量の足りなさですが、とにかく自分としては、信長公の遺志を継いで、平和な世の中を実現したい。その思いは、家康殿もご理解いただけると思います」

「そこで、伏してお願いしますが、明日の会見の場では、私に対して、ことさら丁寧に振る舞っていただけないでしょうか。そうすれば、あなたほどの実力者がそうするのかと、他の者も私との主従関係に納得してくれると思いますので」

 

家康はこの申し出を受け入れ、翌日の会見で大げさなまでにへりくだり、臣従の礼をとったといいます。

 

家康自身が、秀吉の配下に入ることに非常に抵抗があることは秀吉も分かっていて、それでこのような方法を採ったのでしょうが、この秀吉の人心掌握戦術は、我々サラリーマンも大いに参考にすべきではないでしょうか。

 

実務能力があるベテランで、課員の信望も厚い人物が着任先にいたら、その人物と張り合って自分の能力が高いことを認めさせよう、そして彼を慕っていた部下たちもこちらに向かせよう、などと考えてはいけません。

秀吉に習って、そのベテラン職員の自尊心を十分に満足させ、そのうえで自分の側に取り込んでしまいましょう。

そうすれば、日常の雑事はすべてその職員が段取りをつけて片づけてくれますし、あなたは落ち着いて管理業務に専念することが出来ます。

新しい勤務先で、早く自分を権威づけようとして威張ったり怒鳴ったりするのは、脳味噌の足りない人がやることです。

賢い人間は、相手に警戒心を与えず、良い気分にさせながら、自分が楽できる環境を整えるものです。
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