これを書いている時点、平成28年1月23日の段階では、甘利氏は自らの金銭授受疑惑に関する報道について、「記憶を整理してから説明する。それには1週間程度の期間が必要」として、肯定も否定もしないという態度を取っています。

 

これまで、週刊誌等によるスキャンダル報道に対しては、「とにかく否定する」というのが、政治家や著名人の一般的な対応でした。

最近の例では、高木大臣のパンツ窃盗疑惑についても、かなりの傍証があるようですが、当人は一貫して否定しています。

 

しかし、今回の甘利氏の場合、この「とにかく否定」という戦術を取れなかったのはなぜか。

ひとえに「告発者が録音記録を持っている」という情報があるからでしょう。

 

もし、「事実無根」と言ってしまってから、言い逃れが出来ないような録音証拠が出てきたら、政治家生命そのものが断たれてしまうからです。

否定できそうなら、否定する。否定しようがないなら、受け取った事実は認めた上で、「資金管理団体への個人献金だと理解していた」「収支報告書は事務ミスによる記載漏れ」とかいう説明をする。

その方が、逃げ切れる可能性が高くなる、との計算があるものと思われます。

 

本来、「記憶を整理する」のにそれほど時間がかかるはずはなく、甘利氏側としても、稼げる時間は「1週間」が限度だろうという判断ははたらいているのでしょう。

そして、この1週間という時間の中で、甘利氏周辺は、告発者がどの程度の証拠を持っているのか、あらゆるルートを通じて情報収集を行い、それによって「どこまで認めるか」を最終決定するのだと思います。

 

録音証拠を握られている、その一点だけで、有力政治家でも防戦一方の闘いを強いられるのです。

 

 

<会社の命令で違法行為をせざるを得ないとき>

 

会社に勤めていると、贈賄とか、脱税の為の経理操作とか二重帳簿の作成等を命じられることがあります。

個人的には、そのような行為はしたくないと思っても、生殺与奪権を握られている会社から命令されれば、断ることは難しいでしょう。

やりたくない違法行為を仕方なくやっているサラリーマンは、全国にごまんといると思います。

 

そういう場合、これが後から刑事事件で立件されたとき、「会社からの命令でしたことだから」と説明したところで、罪から逃れられる訳ではありません。

「会社から人を殺せと命じられたら、お前は殺すのか」と言われたら、言い返せませんね。

 

でも、「会社から命じられ、自分の雇用と生活を守るためには仕方がなかった」ということを示す証拠を確保しておくことは、決して無駄ではありません。

 

まず、不幸にして訴追された場合、無罪にはならなくとも、「会社に強要された」「やらなければクビにすると脅された」というようなことが客観的に証明できれば、量刑において有利に作用するのは間違いありません。

検察官も、裁判官も、結局のところ組織に縛られた「雇われ人」であり、個人の倫理より組織の論理の方が強いことを、身をもって知っているからです。

 

さらに、立件される前に、司直が捜査を開始し、いずれは立件される可能性が高いと判断できた段階で、捜査関係者に自分から連絡をとり、手持ちの証拠の提供と、今後の協力を申し出るという手もあります。

一種の司法取引ですが、捜査協力の見返りに不起訴・起訴猶予にして貰えれば、事実上、裁判前の段階で無罪を勝ち取ったことになるのです。

 

 

つまるところ、普段から「いざというときに備えておく」気構えがあるかどうかで、将来、その「いざ」が現実となったとき、生き残る側になるか、死ぬ側になるかが決まります。

 

あなたは、どちらの側になるつもりですか。